2015/07/02

新しい朝 本当の言葉で話そう

人生は完全に決まっていて、なおかつ、完全に自由である。

たぶんずいぶん前に一度目にしていて、最近また改めて出合って以来、
深く心に刻まれていた言葉。
上手く説明できないけど、なんとなく、
これは本当のことのような気がする、そう思っていた。

夜中の授乳を終えて、眠れなくなってふとまたこの言葉が浮かんできて、
どうしようもなくなったので起きだしてきたところ。
午前四時。
冒頭の言葉の私なりの解釈がぱっと頭にうかんだので、
書きとめずにおれなくなったというわけ。

人生というのは、その時その時で自分がなにかを選択してきた結果、
というふうに思っているけれど、
(あるいは選択の余地がないと感じる状況というのもあるだろうけど)
本当はすべて初めから決まっている。
すべて決まっているけれど、それをどう捉えるか、
目の前のものを、人を、言葉を、
自分がどう受け取って、感じて、行動するか、
それはすべて、完全に自由である。

大事なことは、決断そのものよりも、
その決断を正しかったと思えるようにしていく努力なり、
心の持ちようなのだ。
また大事なことを忘れそうになっていたことに気づく。
大事なことほどすぐにどこかに行きそうになるので、
気をつけなくちゃいけない。

これはまた別のお話、何度か書きたいなと思いながら、
忙しさにかまけておりました。
春の初めに父がなくなり、夏の初めに甥っ子が産まれ、
めまぐるしく命がめぐっているのを感じています。
友だちたちも次々と出産。
遠くからうれしい知らせが届く度に胸が震えます。
新しい命って、本当に、すごく力強い。
お店の開店準備も佳境を迎えています。
様子を見に行くよ、と黒磯から、大好きな、大好きな友人
(ずいぶん先輩だけど、やっぱり友人と書きたい)が訪ねてくださったり。
その前の、同じ場所からの大事な友人の突然の来訪にも、
守られているなぁと心強く感じました。
ありがたいことにいろいろなイベントごとにも声をかけていただいていて、
少しずつ参加したり、できなかったり。
保育園に通いだした小玖有が次から次へと持ち帰ってくる、
発熱やらウイルスやらと家族全員で戦ってみたり、そんな毎日です。

昨日は久しぶりにきちんと向き合って家族会議。
気づけば日付が変わるまで話し込んでいた。
このところ、怠ってはいけないことを、ずいぶん怠っていました。
なんだか最近、ずいぶん私たちらしくない、とずっと感じていたことを
全部言葉にして並べてみると、向き合うことが足りてなかったと、
愛情が、思いやりが、大切なものがいろいろと不足していました。
忙しさにかまけるというとそれらしく聞こえるけど、
結局のところはただの怠慢だったと感じた次第。
なまけてたらいいもの作れないよって、日々思っていたつもりが、
気がつかないところでやっぱりなまけていた。
だって、最近気持ちいい生活を送れていなかったもの。
正面から、向き合って、本当の言葉で話をしないと
話をしているとは言えないのだなぁと、改めて。

書いているうちに夜が開けた。新しく清々しい夜明け。