2014/01/13

振り子とチーズケーキの、振り子の話

去年の11月に観に行った舞台、
「振り子とチーズケーキ」で印象に残っていたことがあって、
つい先日それの意味がやっと腑に落ちたのだった。
一度納得すると、ことあるごとに思い出されて、
うーん、やっぱりそうだ、その通りだ、と最近よく考えている。

作品では、主人公が理想の自分と現実の自分との間で、
振り子のように揺れ動くさまが描かれていて、
現実の自分はだめなやつ、と自分で思っている、という設定。

その時に、こんな感じの台詞が出てきたのだった。
(しばらく前のことなので、うろ覚えではあるけれど)

「振り子というのは、片方に振れているときは
反対側のもう一方に向かって力を溜めるもの。
理想の自分に近づいている時は現実の自分側に向かって
大きな力を溜めていて、逆もまた同じ」

これを観た時の私は、人は自分次第で理想に向かって
どんどん成長していけるものなのではないのかしら、と思っていて、
だから理想に近づこうとすればするほど、
現実(だめな自分)に押し戻す大きな力が働いているということが、
いまいちうまく理解できなかったのだ。

でもよく考えてみると、確かにその通り、振り子なんだなー、と最近。
あたりまえだけど、生きていればいいことだって悪いことだって起こるし、
自分もいつもいつもいい状態でいられるかと言うと、そんなことはない。
いい時もあれば、悪い時もある。
今まで「いい状態」とか、「いいこと」とかばかりを
追いかけすぎていたのかもしれないな、と気がついたのだ。
そりゃもちろん、「いい」に越したことはないのだけど。
でもいいも悪いもすべては自分の受け取り方次第、なのだよね。
これは、話を「ポジティブとネガティブ」あるいは「光と闇」に置き換えても。

本を読んでいたら、あ、これ振り子の話だ!と思うくらいの、
このことをうまく説明している例が書いてあったのだ。
マザー・テレサのお話。
これ、タケシくんに話したらとてもよく理解してくれたので、
たぶん広くわかりやすい例なはず。
以下、長いですが引用。

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何が正しくて正しくないかを、考えたり喝破したりすることも大事ですが、
光を求めれば求めるほど、ないがしろにされるものが出てくるのは、
ごく自然な現象だと理解しておくのも大事でしょう。

マザー・テレサの最期はいちばんいいエピソードです。
最期の一週間、死を予感したマザー・テレサは、
「そろそろ私も神に召されるわ。イエスさまが迎えに来てくださるかしら」
と思いました。

みなさん、ご存じのことと思いますが、マザー・テレサほど神とともに
生きた人はいません。彼女が神から啓示を受けとったのはただの一度きりでしたが、
啓示を受けて以降、ずっと神に従って生きてきました。
死を待つだけの人々のために家を造り、献身的な日々に人生を捧げたのです。

その彼女がいよいよ最期を迎えるというとき、イエスがくるかもしれないと
期待していたところ、現れたのは悪魔でした。
それで彼女はヴァチカンに悪魔祓いを依頼し、実際にそれは執りおこなわれましたが、
悪魔は立ち去りませんでした。
マザー・テレサは落胆し、落ちるところまで落ちたそのとき、
ふっと悟りがやってきます。
「私は、どんな病気にかかった人であろうが、どんな状態の人であろうが、
無条件に受け入れた。たとえ患部から膿が出ていようが、接吻して、
看取ってきた。そうか。私が最期にハグをしなければならないのは、悪魔かもしれない」
そうして、悪魔は消えました。そのあとにやってきたのは、本当の悟りでした。
「悪魔だと思っていたけれど、やってきたのは真逆の自分だったのね」
誰が見ても清く生き、権力やお金を忌み嫌っていたという彼女は、
権力からの寄付を「そんなものは汚い」と受け取りを拒否したといいます。
それはやはり裁く自分がいたからです。
清く生きるということのなかに、どこかに否定する自分がいたのです。
だから、最期に反対側の自分がちゃんとやってきました。
それが自分には悪魔に見えたけれど、ハグすることができて、
本当の統合が起こりました。そうして亡くなりました。

いろいろなケースがあるので、一概にはいえませんが、ときとして、
自分に襲いかかってくるものは、デフォルメせずにそのまま見る必要があります。
そのまま見ることで、統合される場合があるのです。

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はー、長かった!
でもやっぱりすごくわかりやすい、いいエピソード。

理想の自分も現実の自分も、調子のいい自分も悪い自分も、
ポジティブな自分もネガティブな自分も、ぜーんぶまるごと自分なのだ。
調子のいい自分に執着するでもなし、調子の悪い自分を卑下するでもなし、
まるごと全部、受け入れていけばいいじゃないか、と
改めて思い至ったわけなのです。
ついでに言うと、ネガティブを手放すというのはそろそろやめにして、
ネガティブを消化吸収する、にシフトしていこうということに決めました。
そんなわけで、夫に対してもそんなふうに思うようになったら、
なんだかすごくすっきりしたのです。
私もそうだし、タケシくんにも、いい時だって悪い時だってあるよね、と。
これ、本当にあたりまえのことなんだけど、近くにいるとどうしても、
もっとよくなって欲しい、とか、いい状態でいて欲しいとか、
ついついそんなふうに思ってしまっていたのだ。

昨日エミちゃんと話してたら、また振り子のことを思い出したから書いてみました。
大ちゃん、最近絶好調。(見てたらみんなわかるよね)
この絶好調は反対側で力を溜める期間があったからこそのものなのかなって、ね。
実はこの話、数日前にこじま家で大ちゃんのことが話題にのぼっていたのです。
それを発端に考えたことを整理してちょっとまとめてみたのでした。
大ちゃんには本当にいろんなことを教えてもらっていますよ。


























Kan.
『時空を超えて生きる』

マザー・テレサのお話の引用はこの本から。
アヤシげな感じのタイトルですが、
中身もなかなかにアヤシげです。
でもとてもとてもよい本でした。
いろんなことを考えさせてくれる本はよい本だと思う。