2013/10/30

晴れのち雨

朝ごはんはふすまパンでサンドウィッチ。
片面に白ごまペースト、もう片面にはマヨネーズで、
きゅうりとハムと薄切りりんごをはさんで。
あればチーズもはさみたかった。
タケシくんはチーズトースト。
頂き物の、デカフェ(カフェインレス)のコーヒーと一緒に。
あとはバナナとヨーグルトとグラノーラ。
朝から大満足。

デカフェのコーヒーは、スタバのもの。コモドドラゴンブレンド
妊婦仲間のトモちゃんがこれは結構おいしかったよと、お裾分けしてくれたのだ。
普通のコーヒーと比べても遜色なく、おいしい。
カフェインのとり過ぎに注意が必要な、妊婦さんにはおすすめのコーヒー。
そういえばフランスではレストランでも普通にデカフェが頼めたんだけど、
日本ではあんまり聞かないような気がする。
お店でも気軽に飲めるようになったら、コーヒー好きの人にはうれしいのだろうな。

夏みたいな大きな雲が出ているなと思っていたら、
夕方から、雨降り。
夏の夕立みたいにどしゃっと降る。
どうりで朝から頭が痛むわけだ。
(どうりで?どおりで?あれれ、どっちだっけ?となって、調べた。
「道理で」だから、「どうり」が正解なのですって。うん、すっきり。)

午前中に読み終わった本がおもしろかったので、
そのことを書こうかと思っていたのだけど、
頭が痛くて文章がまとまらないので、今日はミツの写真でも。
さてと一息ついて、ハーブティでもいただきましょうか。

























お届けものでーす。























よいしょと。























爪も磨げるし、くつろげる、ガリガリサークル
この前ペットショップで見つけて買って帰ったのである。
幸いにして猫たちのお気に召したようすで、
(せっかく買っても見向きもしないことがあるのが、猫なのだ)
たまに取り合ってけんかしているほど。
トビがくつろいでいるところにミツが割り込もうとして、
あえなく撃退されるというのがいつものパターン。
ガリガリラウンジガリガリウォールも気になるところ。
ウォールのほう、トビがよろこびそうだな〜。


2013/10/29

さらりと、ご報告

もう既にご存じの方、お気づきの方も多いと思いますが、
この度子を授かりました。ただいま、妊娠4ヶ月です。

体調不良と言ってお店を休みがちでしたが、
つわりも落ち着いて、最近はほとんど調子の良い日が続いています。
まだごくたまに、気持ちの悪い日もあるけれど。
それにしてもごはんをおいしく感じられるって幸せ。

日々のことを書いていて、
そろそろ妊娠のことに触れずに書くのが難しくなってきたのである。
ウキウキ妊娠ライフも少しずつ書いていきたいなーと。
というわけで、まだ安定期の手前なのですが、ご報告でした。























昨日のおやつ。
RAKUDAさんの秋のパン、
カボチャベーグルにくるみはちみつ。

KANEL BREADにRAKUDAにと、
黒磯はびっくりするくらいにパンのおいしい町なのだけど、
もしもどれかひとつを選ぶとしたら、
私はRAKUDAさんのふすまパンなのだ。
ふすまパンに黒ごまペーストを塗って食べるのが大好き。
サンドウィッチにしてもおいしいし、
洋風おかずと合わせて主食にもなる、万能パン。


















今日のお昼ごはん。
ささっと簡単に。でも栄養もとらなくちゃね。
残り野菜の焼きビーフン(カリフラワーの葉、
にんじん、大根、茄子、ニラ、大豆ミート)、
サラダ(サニーレタス、りんご、アーモンド)、ごはん。

今日のおやつは梅干しおにぎりでした。
さて、晩ごはんは何を作ろうかしら。


















なんと、マリエン薬局のマタニティブレンド!
すてきな贈り物、すてきな友より届く。
箱を眺めては、にやにやしております。
妊娠ライフの楽しくなるグッズが徐々に充実中。











2013/10/24

モビール作りとお金の話、後日談

カフェに持っていったハロウィンモビールが思いの外、好評だったらしい。
初め一階につり下げていたものが大出世を果たして、
今では二階のカフェの真ん中の大きなテーブルの上にかかっている。
気を良くしたタケシくんは、その日早上がりだったのをいいことに、
さっそく次のモビールを作ってしまったのである。
今度は気球をモチーフにしたもので、さらによい出来。
なんでもデンマークモビールを意識したとのこと。
これもまた、カフェに飾ってもらっている。
今回は前よりも多少手が込んでいたからか、少し疲れてしまったらしく、
(ただ飽きっぽいだけなのかもしれない)
クリスマスまではもういいかな、とのこと。
ま、モビールだらけになっても賑やかすぎるしね。
じゅうぶんじゅうぶん。

昨日お金の本のことを書いていて思い出した。
そういえば読もうと思って置いていた本があったのだった。
マーク・ボイル『ぼくはお金を使わずに生きることにした』である。
これはずいぶん前に大ちゃんが読んでいたのを見かけて気になっていたのだけど、
とてもいい本でしたよと、偶然知人が送ってくださったのだ。
忘れていたところにひょっこり現れた本なので、これは読まなくちゃね、というところ。
ちなみにどうでもいいことだが、この本、
表紙からして、私よりもずっと大ちゃんの方が似合っている。
タケシくんに何読んでるの?と聞かれ、表紙を見せると、
「あぁ、大ちゃんのね」と言っていた。
(どういうことだよーって言われそう)

さてこの本、タイトルの通り、徹底的にお金なしの生活を
まずは一年間試してみるというもの。
言ってみれば、現代版、ソロー『森の生活』という感じ。
まだまださわりしか読んでいないのだけど、これもとてもおもしろそう。
「この実験で証明したいのは、
お金がなくても“生き延びられること”ではなく、“豊かに暮らせること”だ」
帯にこう書いてある通り、いろんなことを我慢して
お金なしの生活を実現するというような精神主義的なものではなく、
そこに至る論理的な理由と、実際的で現実的な方法を考えた上での挑戦なのである。
こういう生活をしてみようとは、今のところはちっとも思えないけど、
きっと今の普段の生活でも取り入れられるようなことだってあるはず。
考え方や方法を知っていれば、今すぐではなくてもきっといつかは役に立つのだ。
読み進むのが楽しみなのである。

そういえば、同じく一年間チャレンジの本でしばらく前に読んだ、
ヴァネッサ・ファーカーソンの『おしゃれとエコって両立するの?』
この本もとてもおもしろかった。
カナダの若いジャーナリストで、おしゃれが大好き、お酒も大好き、
もちろん恋だってしたい、というごく普通の女の子である
ヴァネッサが挑戦した一日一エコ生活の記録ブログが本になったもの。
これはエコが目的の挑戦だけど、車を手放したりなどと少しずつエコなことを
実践していくことで、結果的にお金を使う量というのも減っているようなのだ。
マークの本の最初にもあったけど、環境のことを考えるということと、
お金の問題というのは、実は直結しているのだ。

そしてこの本、普通の女の子だからこそ持てた単純な疑問なんかが、
意外と本質に近いところをついてたりするのだな。
もともと文章を書く仕事をしているということもあり、
内容も毎回毎回おもしろい。歯に衣着せぬ物言いで、笑わせてくれるのだ。
すごいところが、最後には恋まで成就させてしまうということ。
エコかどうかを抜きにしても、それまでよりも充実した毎日を送っているようだし、
チャレンジの一年でパートナーまで見つけてしまうとは。
その辺りも読みどころのひとつかも。

いろんな国で、いろんなことを考えて、いろんなことをしている人がいるものだ。
この二冊の本の著者のノリは全然違うし、実現した内容も
全く違うものだとは思うけど(一冊はまだ読み終わってないので)
それぞれが地球のことや、自分のことだけじゃない、周りのことを考えて、
何かしたいと思って自分にできることを実際に始めた、というところは同じなのだ。
それを本やインターネットを通して同じ時代にほぼリアルタイムで共有できるなんて、
考えてみるとすごいことだなー。

さて、話はがらりと変わって、午前中に作ったレンズ豆のサラダのレシピの覚え書きを。
土曜日のお昼に、テッチャンが赤子を連れて遊びにきてくれるかもしれないので、
(台風接近のため予定は保留中。)
日持ちするものを一品、早めに仕込んでおこうかなと。


レンズ豆のサラダ

レンズ豆 1カップ
玉ねぎ 小1個
パセリ 適量
ローリエ 1枚
塩、リンゴ酢、酢、レモン汁、粒マスタード、オリーブオイル 各適量

レンズ豆を1リットルくらいのお湯に
多めの塩とローリエを入れて15分くらい茹でる。
(パスタのときの塩加減くらい)
玉ねぎは細かめのみじん切りにして、水にさらしてしっかりしぼる。
パセリはみじん切り。
味付けは、塩、リンゴ酢、酢、レモン汁、粒マスタード、オリーブオイル、
これらをまぜたものに先に玉ねぎをなじませて、
茹でてしっかりお湯を切ったレンズ豆とパセリを入れて和える。
白ワインビネガーがなかったので少しお酢を入れたけど、
あれば白ワインビネガーがいいかな。酸味の調整に。
レンズ豆をしっかり塩茹でしているので、味付けの塩はほんの少し。
あとは少し時間を置いて味をなじませる。
シンプルでとっても簡単なのに、レンズ豆がおいしくて、とまらない。

























新作、気球モビール。
写真じゃ伝わりにくいかな。色合いがいい感じ。
バランスをとるのが難しいのだ、とがんばって作った割に、
ハロウィンモビールのほうがもてはやされているよう。
そんなものよね。私はこれも好きですよー。














マーク・ボイル
『ぼくはお金を使わずに生きることにした』



ヴァネッサ・ファーカーソン
『女子エコ日記 366days おしゃれとエコって、両立するの? 

2013/10/23

ハロウィンのモビールと、お金の話

昨日はタケシくんが休みだったので、午後から二人でお店番。
ネットを見ていてなにやら思いついたようで、
「モビールを作る!今日作る!」と言い出した。
夕方お店を閉めてから買い出しに行く。
色画用紙に、テグス。買い忘れた針金はルームスで少し分けてもらった。
(もしも初めていらした人がここだけ読んだら、
タケシくんって子どもなのかなと思うかもしれないが、夫です。念のため。)

夕飯は、うちの冬の定番、ピェンロー鍋(絶品。簡単なのに)を作ったので、
煮込み待ちの時間がたくさんあるのだ。
その間、タケシくんは童心に返ってせっせとモビール作り。
私はその横でお金の本を読んでおりました。
本田健さんの『お金と人生の真実』という本である。

何を隠そう、私はお金の本を読むのが好きなのだ。
内容は、実務的なものではなく、億万長者になる方法的なものでもなく、
「お金から自由になる、あるいは仲良くなる」というのがテーマの本ばかり。
今まで読んだ中で気に入っているのは、
ロバート・シャインフェルド『「ザ・マネーゲーム」から脱出する法』かな。
昨日読んだ本の著者である、本田さんが翻訳しているもの。
これはまさに、読み方を間違えると毒にもなるような本かもしれないのだけど、
こういうジャンルの本で、読んでいてこんなにもワクワクしたものはこれまでにない。
SFか、ファンタジーか、という感じの、実生活で本当に役に立つのかどうか
簡単には判断できないような内容で、でもなんというか、私はこういうの、好きだ。
こんな本まじめに読んで、頭がおかしいんじゃ…、と思う方もいるような気がして、
よっぽどわかってくれそうな人以外、おすすめはしないかも。

お金のことって、私にとってはこの世の不思議の中の大きなひとつなのだ。
そして、不思議と思ったことはついつい掘り下げてしまう癖があるわけなのです。
私はたぶんこの果てしない好奇心を主な燃料にして、生きているのだ。

さて、昨日読んだ本。これもとてもおもしろかったのである。
この本は、誰に読んでもらっても大丈夫。
自信を持っておすすめします。

ほとんどすでに知ってることが書いてあったのだけど、
(なんせこれまでにもずいぶん掘り下げてきているので。
でもおもしろい本って、知ってて読んでもおもしろいんだなー)
3章の部分に書いてあった、「世代を超えてお金観は受け継がれる」というのが、
私にとっては新しい角度の見方であり、でも言われてみたら確かにそうだと
思えるところもあり、とっても興味深かったのである。
それ以外の全体の内容も、この類いの本を読んだことのない人でも
とっつきやすい書き方がしてあるし、
お金に振り回されずに生きるにはどのようにすればいいのか、
ということも明確に提示してある。
方法は、3つあるのだ。その中から、自分に合った方法を選べばいい。

私が今後はこうしていこうかなとぼんやり決めていた方向性が、
その3つをうまくミックスさせたかたちなのかも、と思って少しうれしくなった。
勝手に混ぜてしまってよいものかどうかわからないけど、
できたらできたでそれに越したことはないし、
たとえもしうまくいかなくても、どこに転んでも大丈夫だな、という感じ。
あとは夫婦間でしっかりすり合わせていくのみ、である。
最後はなんとも抽象的な話になってしまったけど、
日記なのでこれでよいということにする。

-----
ここから、今日。
お昼にカフェの一階にハロウィンモビールの取り付けに行く。
何もない空間につり下げてみると、意外とちょっとさみしい感じもあるかなー。
でもかわいいのでよし!
モビールってこんなに楽しく簡単に作れるんだ。(私は見てただけだけど)
今回は試作で、本番はクリスマスらしい。楽しみである。

帰ろうとしたところでトモちゃんに会って、
お裾分けだよと、ちょっとした贈り物をいただく。
そういえばこれあるとうれしいよねってものと、
ちょうどこれから探そうと思ってたもので、
両方ともナイスタイミング!とってもうれしい。

























すごくかわいらしいモビールですが、作ったのは私ではなくタケシくん。
こういうことを楽しめるって、すばらしいことだ。(しかも男性で)
私も、見ていてとても楽しいのである。











久しぶりに、おすすめの本をご紹介。
画像をクリックすると、amazonにとびます。



本田 健
『お金と人生の真実』

これはいい本でした。
お金とは何か、どう向き合っていけばいいのか、
これからはお金とどのように付き合っていくのかを考えるための
ヒントがたくさん詰まっています。
どなたにもおすすめ。




ロバート・シャインフェルド
『「ザ・マネーゲーム」から脱出する法』

こちらはこわいもの見たさ、のような感覚でなら読んでみてもいいかも。
合う合わないが、かなり、ございます。
気持ちが安定していて、人一倍好奇心の強い方にのみ、おすすめ。
もし合えば、これほどワクワクさせてくれる本はそうそうない…かもしれない。





松浦 弥太郎
『松浦弥太郎の新しいお金術』

お金の本といえば、これも。
言わずと知れた、暮しの手帖編集長であり、
文筆家であり、cow booksオーナーの松浦弥太郎さん。
これもとっても読みやすく、わかりやすい、
お金との付き合い方の入門書。
「お金」というめずらしいテーマのエッセイという感じ。
読み物として、楽しく読めます。



2013/10/21

アボカドを追熟させるには

冷蔵庫に熟れて柔らかくなってるアボカドが。
お昼はこれを使って何か簡単に作ろうー、と思ったのだけど、
いつもはたいてい、まぐろアボカド丼か、納豆アボカド丼。
今日はまぐろも納豆も、どちらもなかったのである。

というわけで、少し考えて、
アボカド、トマト、さんまのどんぶりにすることに。
アボカドはサイコロに切ってレモン汁をまぶし、トマトも同じくらいに切る、
さんま(冷凍のがあった)は皮目こんがりの塩焼きに。
今日は温玉ものっけたけど、半熟のゆでたまごのほうがいいな。
ごはんの上に具をのせて、ごまときざみ海苔をふって、ごまだれをかけて食べました。
お味噌汁は、おあげと大根の皮とわかめ。楽ちんお昼ごはん。
さんまよりもツナのほうが合いそうだったので、今度はツナで作ろうっと。

ごまだれは、白練り胡麻、レモン汁、リンゴ酢、
だしつゆ、しょうゆを味を見ながら混ぜる。
計ってないからだいたいだけど、4:1:1:2:1くらいかな。
練り胡麻はダマになりやすいから少しずつ混ぜながら調味料を加える。
酸味の効いたごまだれがおいしいのだ。
ゆで鶏や温野菜なんかにもよく合うし、
もう少しだしつゆを増やして水で割って、麺のつけつゆにしてもいい。

ところでアボカドといえば、最近知った画期的な追熟方法があるのだ。
アボカドってお店では熟していないもののほうがきれいなことが多いので、
いつも青くて硬い、まだまだ食べられないものを買ってきて家で寝かせていた。
冬はなかなか熟してくれないのだな、これが。

でもそれが、早く簡単に追熟してもらう方法があったのでした。
その方法とは、りんごと一緒に置いておくだけ、なのです。
なんでもりんごの発するエチレンガスが、
果実や果菜類(すべてではないのかもしれない)の追熟を促すのだそうな。
調べると、一緒にポリ袋に入れておくといい、と書いてあることが多いのだけど、
うちではとなりに置いておくだけで、数日でしっかり食べごろに。
ちなみに、皮がみどりだった早生みかんも黄色になった。
(それでもこれはやっぱりすっぱく、酸味が少々和らぐ程度だったけど)
もしかして、そんなの知ってるよーって感じなのかしら。
うちでは冬のアボカド、比較的暖かい二階に置いて、
何日も何日もかけて追熟させていたので、なかなかに画期的な発見だったのでした。
と、たまには役に立ちそうなことも書いてみたりして。






























これは何でしょうー。
正解は、キウイ。

よつ葉生協で変わったキウイが出ていたので、注文したのだ。
レインボーレッドという品種。
写真が小さくて見にくいか。
アップも(もちろんキウイの)撮ればよかったですね。
中心の白色の部分の周り、種のところが赤いのだ。
なんか外国のキャラクターみたいな顔。
で、なにやらとってもうれしそうな私。

今日は気持ちよく晴れていて久しぶりに暖かかったので、
猫も私もご機嫌なのである。


2013/10/20

嵐、来たりて去る

大荒れ、でした。
天気じゃなくて、昨日のタケシくんが、である。

定期的に、発作のようにたまにこんな日があるのだ。
周りで何が起こっても気に障る、イライラしてるから余計に悪いことを引き寄せる。
昨日がまさに、その状態だった。

でもびっくりしたのが一緒に行った近所のスーパーで、
レジの係の人が長ネギをまっぷたつに折り曲げてレジ袋に入れたらしいこと。
(私は近くにいたのに見ていなかったのだ)
その後の対応もひどいものだったらしい。お気の毒…。
私の方が頻繁にそのスーパーへ通っているのだが、
今まで一度もそんな目にあったことはないのだ。
確かに、いろいろ気になることのあるお店ではあるけども。
引き寄せって、本当にあるのだな、と思った出来事でした。

結局、長ネギを買うのはやめて、ネギなしのみそちゃんこ鍋で夕食。
それはそれでおいしかったので、よしとする。
人っておいしいものを食べると、気持ちが落ち着くんだよね。
(少なくとも私たちはそう)
タケシくんもおいしいお鍋とその後ゆっくり半身浴をしたことで、
ぐっすり寝て、今日の朝はすっきりしゃっきり、
気持ちが切り替えられたみたい。(たぶん)

それにしても、この発作は毎度のことなのだけど、
(頻繁にではないけど、たまーにある。まじめで働き者の男の人は、つらいのだ)
最近はちゃんと自覚ができるようになったんだなぁと感心したのである。
以前は、理由も言わずにただ不機嫌になるだけだったので、
私も若かったし、気を揉んでしまって大変だった。
それが、昨日は聞かなくてもすぐに自分から理由を話してくれ、
「かおさん(私のこと)には何一つ非がないのだけど。
(この不機嫌は八つ当たりです、という意味)」
と、言ってくれていたので、それならしょうがないねと、
ある程度は気楽に話を聞くことができたのだ。
こういう場合、私には話を聞くことしかできないわけで、
それが最初からわかるということはすごいことなのだ!

ちょっとうれしかったので、書いてしまった。
勝手にこんなことを書いて機嫌をそこねないといいけど。





2013/10/19

そぞろに寒し

急に冷え込んで、体が全然ついていかないので、
ここのところ半端じゃない重ね着で着ぶくれている。
冷えとり健康法というのを何年か前からやっていて、
その健康法のひとつに下半身の重ね着、くつ下の重ね履き、
というのがあるのだ。

ちなみに今日は、下から、
くつ下5枚、
腹巻き1枚、
腹巻きパンツ1枚、
ズボン下2枚、(レギンスではなく、ズボン下と呼ぶにふさわしい代物)
この上にアウターのパンツ、という感じ。
これだけ重ねるとおしりが相当大きくなっている、けど気にしない。
家の中ではこれでも寒いので、湯たんぽと膝かけも必須。
うちは底冷えするので、外よりも中の方が寒いことがあるくらいなのだ。

冷えとりをしていると、くつ下やレギンスなんかをいっぱい買い込むのだけど、
その中でも自分に合う合わないがある。
近くのお店では売っていないのでネットで買うことになるのだが、
実物は見れないし試着なんてできないので、当たり外れがあるのだな。
最近はもう、絹の下着はこれでレギンスはこれ、くつ下もここのこのサイズ、
みたいなのがすっかり決まってきて、ストレスなく重ね着できるようになったが、
初めの頃は買ってはみたけど締め付けがきついとか、短いとか、大きすぎるとかで、
体に合わないということがかなりあった。
合わないものを身につけていると逆にストレスが溜まるのだ。
今だから言えるけど、ここまで集めるのにずいぶん散財したなと思う。
自分に合う冷えとりアイテムを見つける、ここを乗り越えられるかどうかというのも、
冷えとりを続けられるかどうかのポイントなのかも。
最近では冷えとりがずいぶん浸透してきて、
(マーマーマガジンの功績は多大だ)
冷えとり用品を扱うお店も増えてきているみたい。
質の高い冷えとり用品が普通の洋服屋さんなんかで買えるようになるといいのにな。

先月発売の別冊マーマーマガジンが、冷えとり特集の第二弾で、
とてもとてもいい内容だったのでした。
(あ、これはお店のブログに書くべきだったのかも)
その中で、スタイリストやモデルなど、何人かの方々の
実際に使っている冷えとりアイテムを紹介しているページがあったのだが、
みんなそれぞれにこだわりがあっておもしろい。
自分の使っているものが紹介されていたりするとなんだかうれしかったりして。
私の知り合いのここら辺りの男性たちは、
アウトドア用品をうれしそうに集めている人が多いのだが、
冷えとり用品を集めるというのもその感覚に近いのでは、と思った。
いかに実用的でなおかつデザインもよいというものを見つけるか、
そこには美学すらあるのだ。
なんてね。

ちなみにタケシくんはここら辺りの男性だが、アウトドア用品集めをしていない。
初めは周りの人たちに感化されて欲しがったりもしていたが、
途中で、自分はそんなに山登りなどを好まないのだ(軟弱者夫婦)
ということに気づいたよう。
山コーヒーや山や野原での外ごはんは大好きなので、
うちではアウトドアというよりも、ピクニックグッズに力が入っている気がする。

話をマーマーマガジンに戻して、
今回の特集はファッション中心なのだけど、読み物も充実している。
冷えとりと子育てや、妊娠・出産のことなんかも載っていてとても勉強になった。
本文中で忍田彩さんが、冷えとり健康法の提唱者である進藤義晴先生の
『育児書に出ていない子育ての基本』という本を紹介していて、
こんなフレーズを引用していたのだ。
「子どもをおだてては駄目なのです、誉めてもいけません。一緒に喜ぶのです。」
なるほど、そうだなと思って読んでみたくなり調べてみると、
いつも冷えとりグッズを買っているネットショップで取り扱っていた。
ちょうど絹の腹巻きや下着を買い足そうと思っていたところだったので、一緒に注文。
前半は基本の冷えとりのこと(進藤先生の講演録)で、後半が子育てに関する内容。
なんとも偏った表現もあるのだけど、自分なりに咀嚼して、うまく解釈すれば大丈夫。
とてもいい内容でした。読むだけで、しっかりした生活しなくちゃ!ってなって、
ごはん作りや半身浴のモチベーションがぐぐっとあがる感じ。
興味のありそうな友人にお貸ししたいなと思うのだけど、
まずはタケシくんにも読んでもらわなきゃね。




更新していない間に溜まっていた猫の写真いろいろ。
冬に向けて猫の毛も少しずつふかふかになってきている。

一枚目は、今年一つ目の大きな台風の日。
風向きが悪く木枠の窓から雨がもってしまって、たらいを置いているところ。
おミツ、しっかり監視を頼みますよ。





































































2013/10/06

心と体を整える 後編

前回の続き、やっと本題に入ります。

ここまで書いてみて、私にとって瞑想合宿がとてもよいものだったのは、
そこに至るまでの自分の状況があったからこそなのだと、再確認。
そこで私がすっかり変わって帰ってきた理由は、
他でもない、自分が変わるつもりで行ったから。
それに尽きるのだな、と思いました。
自分の感情に振り回されない、もっと強い心を持ちたい。
現実から目をそらさずに、しっかり受け入れられるようになりたい。
今のままではまた妊娠できても、自信を持って出産に臨めない。
自分を変えて、次の段階へ進みたい!
そんな、強い、強い気持ちがあったのだと思います。

さて、ヴィパッサナーの瞑想合宿でどんな経験をしてきたのか。
これは人によってそれぞれが本当に全く違った経験をしていると思います。
すべて書こうと思うと長すぎてとても書ききれる気がしません。
実際の瞑想の方法に関してはあまり触れずに、
(一度行ったくらいではどこまで理解できているか定かでないので)
私がどう感じたのかを中心に書いていきます。
今回はさらに、本当に本当ーに長いです。
ご興味のある方だけ、どうぞ。


ヴィパッサナーの瞑想合宿には
10日目の朝まで、聖なる沈黙と言って、
誰とも口をきかず、目も合わせてはいけないという決まりがあるのだ。
(でも、集団生活、というとても不思議な状況)
携帯電話も預けるので、もちろん外界との接触も一切なし。
生活の中で困ったことや、必要なことがあれば、
ボランティアのマネージャーさんがいて、その方と話をすることはできるし、
瞑想の指導者の方との面談の機会なんかも設けられていて、
瞑想法に関することである限り、質問をすることもできる。
でもそれ以外は一切コミュニケーションなし、という
10日間は完全に自分の内側と向き合うことができる状況なのだ。
現代の日本に生きていて、まるまる10日間も他人との接触なく
自分のことだけを見つめていられる時間がもてるなんて、
それだけでものすごく貴重な経験じゃないかと思う。

瞑想自体に関しては、私は、とにかくとにかく体が痛かった!
あぐらをかいて、ただただ坐っているだけで、
こんなにも体が痛むのか、というありえないほどの痛みが、足のそこここに。
骨のねじれる感じの痛み、というのかな。
小さい頃から斜め座りでいつも片一方に足を流すという
偏ったかたちでずっと座り続けていたので、
(実家の居間は和室で畳に座る生活だったのだ)
骨盤や足の骨に変な癖がついていたのだと思う。
たぶんそれが原因。(と、2日目くらいに思い至る)
痛んで痛んでしょうがない。
でもそこで、こんな機会はもうないぞと奮起して、
瞑想中はわざと痛みの強いほうの足の組み方で
あぐらをかいて坐ることにしたのだ。
痛みの出にくいほうで坐り続けると変な癖や歪みが
さらにひどくなるような気がして、
それは困る、と思ったのでした。(貪欲…)
これのおかげで本当に、修行してる!しかも苦行!という感じだった。

不思議なもので、あんなにも痛かったのに、
それでも坐って観察し続けると、痛みが消える瞬間、というのがあるのだ。
足だけじゃなく、背中のほうにあったしこりのようなものも、
(私は子どもの頃から背骨も歪んでいたのだ)
あ、なくなった、と感じたこともあった。
ヴィパッサナーは自分の体を観察するという種類の瞑想法なので、
毎日毎日ただひたすら、自分の体と向き合うのだ。
いろんな感情の湧き出てくる人も多くいるようだが、
私は感情的なことよりも、体の反応がすごかった。
日々、いや、一瞬一瞬、体の状態が変わってゆく、という感じ。
こちらの痛みが消えると、次はあちら、とめまぐるしかったが、
毎日、どんどん軽くなっていくのを感じた。
心も体も、どんどん軽くなる。

初めにも書いたけど、これは誰もが同じように感じるわけではないらしい。
10日目に沈黙が破られた後に、一緒に生活して瞑想してきた周りの人たちと
話をすることができるようになるのだが、聞くと、
みんなそれぞれにいろんな経験をしていたのだなとおもしろかった。

この、痛みを自ら進んで受け入れる、という状況が
私にはとても意義のあることだったのではないかな。
普通は痛いことって、できれば避けたいもの。
ほとんどだれだってそうだと思う。
苦しさに耐えてフルマラソンを走りきるというのと似たような状況かもしれない。
自分がやめようと思えばすぐにやめることもできるんだけど、
自分で決めた目標達成のためには、やめるわけにはいかない。
この瞑想合宿での経験を、何が起きても自分の体で実感するんだと決めて
参加していたので、痛みにも耐えることができたのだ。
日常生活では、耐えなくてもよい我慢というのが多々あると思うけど、
どうしても耐えなきゃいけないここぞという時っていうのも、確かにある。
あとは単純に、この痛みの先には何があるのだろうという
好奇心が勝った、ということもある。

話は戻るけれど、これは出産に対する
自分自身への信頼と自信につながったのでした。
要は出産も同じことなんじゃないか、と。
(もちろん、もっとすごい痛みが待っているとは思うけど)
ものすごい痛みに自らの意思で耐えて、最後までやりとげる。
痛みを進んで受け入れるという姿勢が同じ、そんな気がした。
私、もう大丈夫だ。そう思ったのだ。
自分でそう思えたことが一番の収穫だったのだと思う。

軽い軽い、なんて身軽!と思っていたら、実際に体重も軽くなっていた。
参加前からマイナス5キロくらいかな。
中学生の頃から、那須に引っ越してくるまで保っていた体重と
同じくらいに減っていたのでした。
那須に来てから生活が変わったせいかどんどん重くなって、
ピーク時にはプラス5、6キロだったのではないかな。
そりゃあ体も動かなくなるし、疲れやすくもなるってものだ。
人それぞれ一番体の調子のいい体重というのがあると思うのだけど、
しばらくの間私はそれをずいぶん超過していたのだな、と。
短期間で軽くはなったのだけど、体の調子が狂うこともなくすこぶる快調。
不健康に痩せたというのではまったくなくて、
やっと本来の体重に戻った、という感じだった。

ちなみに、合宿参加で太っちゃった、という人も中にはいたよう。
一日中瞑想をしているので、消費カロリーはたぶんあんまり多くない。
運動は禁止されているので、体を動かすのは休憩時間の敷地内での散歩くらい。
そこにきて、ごはんがおいしいのだ、これが。
玄米菜食(白米も選べる)で、献立も凝っていて、
バランスがよく、味付けもいい。
これもボランティアさんが作ってくれて、
私たち参加者は用意してもらったものを
自分の好きなだけよそって食べることができるのだ。
食事だけが唯一の楽しみ、という状態になるのである。
それで、ついつい食べ過ぎてしまう人もいたようす。
私は日が進むにつれ少しの量で満足できるように
体が変わっているのがわかったので、
おいしいけれど、少しずつ食べるようにしていたのだ。
食べ過ぎると苦しくなるからね。

瞑想以外の、毎日の生活もとても楽しいものだった。
なにしろ、環境がいいのだ。
山間の、施設の建物以外には人工物のほとんど目に入らない静かな場所で、
朝は日の出前の4時に起きて、夜は9時過ぎには就寝という毎日。
人と話すこともないので、自然の変化にものすごく敏感になって、
月の満ち欠けや、星の見え方、太陽の昇って沈む場所や時間。
寒くなり始めの季節だったので、太陽の光のありがたさといったら!
日の出を待って、日の光で体を温めたことが幾度となくあった。
お昼の休憩には、外のベンチでごろんと横になって、
ぶんぶん飛び回る虫の羽音を聞きながらの日光浴。
足にとんぼがとまったりもするのだ。
センス・オブ・ワンダー!という感じ。

毎日そんなことを肌で感じながら生活できるのだ。
たとえば農家の人はこうやって日々自然の移り変わりを感じながら
生活しているのかなぁ、と思ってみたり。
洗濯機は使えなくて、脱水機能のみ使用可能なので、
晴れた日を見計らって、休憩時間に手洗いで自分の洗濯物を洗って干す。
トイレもシャワーも洗面所も、キャンプ場くらいの手作りの設備で、
宿泊場所(テントも選べる)からいったん靴を履いて外に出て、
暗い道を少しだけ歩いていかなくてはいけない、という、
なんとなく、バックパッカーとか、アウトドア体験のような生活だった。
一泊二日のキャンプなんかだったら子どものころに行ったことがあるけど、
こんな環境で12日間も自力で生活するなんて、未知の体験。
これがまた、よかった。
お風呂なんて涼しければ毎日は入らなくても平気だし、
知らない人と雑魚寝でもちゃんと寝れるし、
手洗い洗濯もやってみるととても楽しい。
こういうの、私は結構平気だったんだなぁ、
意外とたくましいじゃないか、って、
今まで知らなかった自分も発見できたりして。

とまぁこんなことが、この合宿生活に参加してよかったことである。
瞑想そのものだけがよかった、というわけではなくて、
この合宿での生活を経験できたということ自体がすばらしかったのだ。
悪かったことは、特に思い当たらない。
(ここに書いたことはすべて、その時の私はそう感じたというだけで、
誰もがそう感じるかというと、そうではないかもしれない。
そこのところ、くれぐれもご注意くださいね。)


金銭的なことに関しては、なんとこの合宿、
すべて寄付でまかなわれているというのだ。
自分で自分の受けた恩恵を鑑みて、
いくら寄付するのかを決めることができるのである。
私はもちろん、すばらしい恩恵を得ることができたので、
そのときの自分のできるだけの寄付をして帰ってきました。
単純に、12日分寝食をお世話になったわけですし。
ツインヒルズA棟の一ヶ月分の家賃よりもう少し多いくらいの額を
(わかる人には、わかるね)お支払いしました。
手持ちがあったらもう少し納めたい気持ちがあって、
実際振り込み用紙ももらって帰ったのに、
帰ってきたらそのままになってしまいました。
(これは私のとてもよくないところだ)

瞑想合宿参加から早くも一年経とうとしているけれど、
あの時、行っておいて本当によかった。
こういうものは合う合わないとか、
タイミング的なことがとても大きいので、
誰にでもおすすめするわけではありません。
でもどこかから話が耳に入ってきて、
(例えばまったく別の知り合いを通して
何度か聞かされたから気になってしまって、という人もいた)
行ってみたいという自分の気持ちが強くて、
家族の理解や長く休みが取れるなどの、行ける状況が整っているのなら、
行ってみたらいいんじゃない、私はすごくよかったよーと話している。

もともと悩まない性格(すんごく考えるけど、悩まない。
悩むと考えるは、根本的に思考の方向性が全然違うのだ。)に拍車がかかって、
今ではとても気楽で穏やかな毎日を過ごしているわけです。
考えることすら少なくなったような気がする。
タケシくんが言うには、全然怒らなくなったらしい。
体も、基本的にはすこぶる快調。
(と、言いながら体調不良でお店を休んだりしているわけは、
また後日お話ししたいと思います。)
相変わらず冷えは大敵、冷えるといいことがないので
冷えとりだけはしっかりやっているかな。
家での瞑想はたまに少しするくらい。
それでも、体も心も一年前とは比べものにならないほど
整ってきているのを実感しているのでした。
列車のレールが、がっしゃんと切り替わった、そんな感じ。
後は自然の流れに身をまかせていれば、心配いらない。
私の心と体が整ってくることで夫婦の関係も、
離れて暮らす両親との関係も、
それまでよりもさらによいものになっています。
自分が変わると周りも変わるって、本当に本当なんだなぁと思うわけでした。

以上が、私のヴィパッサナーのお話である。
やれやれ、長かったー。
とっぴんぱらりのぷぅ。






















2013/10/05

心と体を整える 前編

久しぶりの更新になりました。

今回はちょっと、日記のようなものではなくて
私自身のごく個人的なお話です。
主に自分自身の為に書いてみようと思います。

昨日久しぶりに会った友人が、去年私の行ってきた、
ヴィパッサナーの瞑想合宿にすごく興味があると言っていて、
よかったよーといろいろと話をしたのだけれど、話足りなかったのです。
一度、私にとって何がどうよかったのかを
書いてまとめておきたいなと思いついたのでした。
長くなりそう!

長く、本当に個人的な、とてもデリケートなお話なので
公開するかどうかちょっと迷いました。
人によっては読んで少し、悲しい気持ちになることもあるのかな。
でも、私の中ではもう既にすっきりと消化することのできたことです。
今はこのことがあったおかげでより前向きに、
前よりも幸せが大きくなって、とても楽しく毎日を過ごせているのです。
もしかしたら、誰かの何かの役に立つこともあるかもしれない。
ご興味のある方だけ、お読みくださると光栄です。


ことの始まりは、福島のとあるカフェのご主人、
いっちゃんからこんなメールがきたのだった。
「カオリ(私ではない、いっちゃんの奥さん。名前が一緒なのだ)が
千葉の瞑想合宿に参加するので、しばらくお店はお休みです。」
これを読んだ私たちの初めの反応は、「???」。
まぁでも、もともと奇天烈なとこのある夫婦だなと思っていたので、
やっぱり面白いなー、あの二人、(すごくすてきな夫婦なのだ)
またそのうち話を聞かせてもらおう、くらいに思っていた。

そのメールのきた頃私は、一度目の妊娠をしていたのだけど、
7週目になっても、8週目になっても赤ちゃんの心拍が確認できなくて、
結局、初期の段階で成長が止まってしまっていたのだった。
稽留流産ということでした。
手術が怖かったので、自然に出てくるのを待とうということにする。
万一の時に夜間も受け入れてもらえる大きな病院に転院して、
そこでもう一度診察をしてもらって、でもやっぱり流産。
それからしばらく待ってみたのだけど、10日しても出てくる気配がない。
病院でも、おなかの中のものの形が崩れてきているから、
そろそろ手術で出すことを考えた方がいいと言われ、
待ち疲れたのもあって、手術を受けることにする。
一泊二日で、前日から処置を開始して、
二日目の朝に手術を受け、午後には退院。
処置や診察はできればもう経験したくはないけど、
我慢できないほどつらくはなかった。
手術自体は全身麻酔なので麻酔が効いてから目が覚めるまでは
一切記憶がないのだ。
体中にいろんな装置を付けられ、注射をしたり点滴を差したりしたところで、
大きくて怖そうな女性のお医者さんが目の前まで近づいてきて、
麻酔入れるからねっと言われたところまでが、手術前の記憶だ。
思っていたほどの恐怖はなかったのである。
初めての入院、手術で、本当に嫌で嫌でしょうがなかったんだけど
そうか、こんなものなのか、というのが感想。
それよりも一番堪えたのが、麻酔から覚めてしばらくした後の
なんともいえない喪失感だった。
お腹の中で成長が止まっていると聞いた時も
確かにものすごくショックではあったのだけど、
少し経つと、しょうがないよね、と思うことができた。
でも実際にお腹の中からいなくなってしまった時の、
あの感じはとても言葉にできない。
頭では理解できていても体がついていかないのだ。
私じゃなくて、私の体がとても淋しいと言っている、そんな感じ。
こればかりは、私にしかわからないのだ、と思った。
淋しくて淋しくて、病室で一人静かに泣いていた。

それからしばらく、体の回復も待ちながら、
どうすればこの気持ちをなんとかできるのだろう、とずっと考えていた。
大げさではなく、私はどうすればこの現実を受け止めることができるのだろう、
と毎日毎日考えていた。
自分の身に降りかかることは、何か意味のあることのはず。
これも前向きにとらえて、また楽しく過ごしていきたい。
頭ではそう思っているのに、どうしても気持ちが切り替えられない。
なぜ自分がこんなにつらい思いをしなきゃいけないのか、
どうしても受け入れられないのだ。
妊娠中の不安な時も、流産がわかってからも、
精神世界の本や、哲学の本、心理学の本、
目につくものならなんでも読んでみた。
どこかになにか、ヒントになることが書いてあるんじゃないか、と。
でも、どれもこれも気を紛らわしてはくれても、
その時の私の実際的な力にはならなかった(ように思えた)。

という時に、ふと、カオリちゃんの行っていた千葉の瞑想合宿、
というのが、頭に浮かんできたのだった。
カオリちゃんに、瞑想合宿どうだった?と聞きに行くと、
すばらしかったよ〜という答え。
その時のカオリちゃんのすっきりと生き生きした表情を見て、
あぁ、これだ!という感じだった。
考えても考えてもだめなのだから、とにかく何か行動を起こしたいと
思っていた私には、ぴったりのことのように思えたのだ。
10日間人と話をしないで生活する、というところもすごく気に入った。
(自分の状態が良くない時に親しくない人と話をするのがとても苦手なのだ)
そうしたらいてもたってもいられず、今すぐ行きたい!
となったのだけど、時は夏の繁忙期の直前。
さすがに夏の、たくさんお客さんの来てくれる盛りに
前後合わせて12日間もお休みしてはいられないかなと思い、
10月の終りから11月の頭にかけてのコースを予約したのだった。

これが、私のヴィパッサナーに参加しようと決めた経緯。
行くと決めた以上、10日間しっかり瞑想してみて
自分に何が起こるのか見届けよう、という気持ちで。

合宿参加を決めた後に出会った、エックハルト・トールの本は、
たくさんたくさん読んだ中で唯一、その時の心にしっくりきたものだった。
(今読んでどう思うかはわからないけれども)
エックハルト・トールが言っていることは、日常生活で常に瞑想のような状態
(思考にふりまわされない、完全に「いまに在る」状態)
で過ごせば、もっと楽に生きられるというようなもの。
真の心の平安は、思考を超えたところにあるらしい。
考えても考えても気分の晴れることのなかったその時の私には、
妙に納得できるものがあったのだ。
ただ、理論的にはとてもいいなと思ったのだけど、
なんの方法もなくそれを実践するのは難しい。
というか、ほとんど無理。
でもこうなったらやっぱり瞑想がしてみたい。
合宿に行ってみなきゃ、という気持ちが高まったのだった。

前置きがずいぶん長くなってしまった。
次回に続きます。